HOME > オパールR-Ⅲ 開発ストーリー

1926年発売、奇妙水と呼ばれて

美容原液オパールR-Ⅲの原点をご紹介します。

今では多くの人に支持されている美容原液オパールですが、最初はたった一人のために開発されました。
90年近くにもわたり肌の健康を見つめ、時代にあわせて進化を続けた美容原液オパールの歴史を紐解きます。

幼い妹のために誕生した「美容原液オパール」の原点 奇妙水

株式会社三香堂創業社長である佐々木梅治は会津若松で100年にわたって海産物問屋を営む家庭に生まれました。商売上、売れ残りをすてることはもったいないと、時に舌をさすようなものまで家中で食したことから、家族は皮膚疾患に悩まされるようになりました。梅治は幼い妹のミヨが着物の裾をまくり上げ、さめ肌となった太ももをかきむしる様を気にかけ、何とか治してあげたいと考えました。

会津若松藩には数多くの民間薬が伝わり、佐々木家にも種々の家伝薬が伝えられていました。これらの知識を持つ梅治は、妹ミヨのために、肌に良いといわれる薬草をあれこれと集め、土鍋で煎じました。そして、試行錯誤の末出来上がった薬液をつけてみたところ、ひどかったかゆみがぴたりと止まり、使い続けるうちにさめ肌はきれいな肌へと治っていきました。

佐々木社長近影

ミヨの肌の完治により“細胞の周りには絶えず体液が流れることで新鮮な酸素や、栄養を運ぶため、細胞が健やかに保たれる。体液の流れが淀むことによっていろいろな疲れが生じるのではないか”という梅治の「未病」の発想が裏付けられました。
その効能が近所の人々の間で評判となり、その薬液は奇妙なほどに効く「奇妙水」と呼ばれるようになり、会津若松にとどまらず求める人が多くなっていきました。
皮膚疾患に悩む人、美しくなりたいと願う人がいる事実を目の当たりにして広く世の中の人に使用していただくために梅治の「奇妙水」は大正15年3月12日「美容原液オパール」として発売されました。

「美容原液オパール」を薬でなく化粧品として発売したのは、“病気を治すものではなく、病気にならないように普段から使って欲しい”という未病の考え方によるものです。

「美容原液オパール」から「美容原液オパールR-Ⅲ」へ

「美容原液オパールR-Ⅲ」が誕生した昭和56年は、日本の近代化が急速に進み、環境汚染とストレスが新たな社会問題として浮上していました。当時の株式会社三香堂社長であった佐々木啓二は現代人には東洋医学でいう「気・血・水」のバランスが求められているのではないかと思い当たりました。「美容原液オパール」と肩を並べつつも、自律神経をリラックスさせ、ホルモン分泌を整えることに着目した「美容原液オパールR-Ⅲ」として発売しました。

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